毎年この日になると、サンタクロースの存在を尋ねた少女に社説で答えたアメリカの新聞社の話を思い出します。もう100年以上前の話で、幾度となく様々なところで引用されていて、ご存知の方も多いのではないでしょうか。
目に見えるものだけがこの世をつくるものの全てではなく、愛・希望・夢など人が思い浮かべる想像の世界は、目に見えなくてもそれらは確かに存在して、そして人として大切なことであると優しく少女に語りかけるその内容は、何度読み返しても色あせることがありません。
私の接する世界がただそうなのだけかもしれませんが、自分の目に見えないモノ・事に対する寛容さが失われつつあるように感じます。自分の生活に直接かかわる事柄しか認めない社会の空気とか、他者への思いやりの薄れとか。これらはサンタクロースとは関係ないように思えますが、目に見えないけれども確かに存在する世界で、それらは推し量ることでしか見えてこない点では共通するところがあるかと思います。
2006年12月25日にこのブログで書いた記事と思いは変わらないので、ここに記事を再掲します。あの頃も感じましたが、モノにあふれた現代こそサンタクロースを信じる心、それが必要とされているのではと思います。
1897年、バージニアという名前の8歳の女の子からの「サンタクロースはいるのですか?」という投書に対して、「Yes, Virginia, there is a Santa Claus」と始まる社説を掲載したニューヨーク・サン新聞。
そこでは、夢や希望、愛、思いやりなど目に見えなくても存在するものを想像すること、信じることの大切さ・素晴しさを、真摯にその少女に語りかけています。
この社説は、さまざまなメディアで紹介されていて、既にご存知の方も多いかと思います。
私は、ずいぶんと前に地元の新聞の社説で紹介されたのがきっかけでこの話を知りました。それ以来、クリスマスの時期になるとふと思いだしては、この話を読み返しています。
社説の内容とそれに関する話を書かれたWWWサイトを見つけましたので、紹介しますね。
☆ 新藤義孝メールマガジン「週刊新藤」第38号「サンタって本当にいるの?」☆
ここに筆者が書かれている次の一節には、大変共感を覚えました。
ともすれば、具体的なモノであるプレゼントをくれる存在としか認知されないサンタクロース、大人になるとお伽話として一笑にふされてしまうサンタクロース。でも、世界中の子供達に夢や希望をクリスマスの一晩で届けてしまうその様子を、子供達が想像して信じることに本当の意義があるように思います。
サンタクロースを信じている子供達も、いつか大きくなったら、サンタクロースは実在しない想像上の人物だと気づくでしょう。でも、その後に、サンタクロースを信じていた頃に心に輝いていた暖かな気持ちに気付いてくれたら、と願います。きっとそれこそがサンタクロースが届けてくれたプレゼントで、それを受けとれた子供達は大人になっても「夢や希望、人を思いやる気持ち、信じる心」を持ち続けられ、他者に思いやりを持って接することができるのではないだろうか、と思うからです。
そして、サンタクロースが目に見える存在ではない想像上の人物だとしても、このような大切なものを与えてくれるサンタクロースが存在しないとは言えないと思います。
上記のサイトで引用されている「アメリカのある児童文学評論誌に掲載された文章の要約」を、孫引きではありますが最後に引用したいと思います。
追記) この社説は、児童書としてその日本語訳が出版されています。1977年に出版され、私が持っている版は2002年発行で既に92刷になっています。興味がありましたら是非読まれることをお勧めします。
サンタクロースっているんでしょうか?
(訳:中村妙子)(偕成社)(ISBN: 4034210109)
目に見えるものだけがこの世をつくるものの全てではなく、愛・希望・夢など人が思い浮かべる想像の世界は、目に見えなくてもそれらは確かに存在して、そして人として大切なことであると優しく少女に語りかけるその内容は、何度読み返しても色あせることがありません。
私の接する世界がただそうなのだけかもしれませんが、自分の目に見えないモノ・事に対する寛容さが失われつつあるように感じます。自分の生活に直接かかわる事柄しか認めない社会の空気とか、他者への思いやりの薄れとか。これらはサンタクロースとは関係ないように思えますが、目に見えないけれども確かに存在する世界で、それらは推し量ることでしか見えてこない点では共通するところがあるかと思います。
2006年12月25日にこのブログで書いた記事と思いは変わらないので、ここに記事を再掲します。あの頃も感じましたが、モノにあふれた現代こそサンタクロースを信じる心、それが必要とされているのではと思います。
1897年、バージニアという名前の8歳の女の子からの「サンタクロースはいるのですか?」という投書に対して、「Yes, Virginia, there is a Santa Claus」と始まる社説を掲載したニューヨーク・サン新聞。
そこでは、夢や希望、愛、思いやりなど目に見えなくても存在するものを想像すること、信じることの大切さ・素晴しさを、真摯にその少女に語りかけています。
この社説は、さまざまなメディアで紹介されていて、既にご存知の方も多いかと思います。
私は、ずいぶんと前に地元の新聞の社説で紹介されたのがきっかけでこの話を知りました。それ以来、クリスマスの時期になるとふと思いだしては、この話を読み返しています。
社説の内容とそれに関する話を書かれたWWWサイトを見つけましたので、紹介しますね。
☆ 新藤義孝メールマガジン「週刊新藤」第38号「サンタって本当にいるの?」☆
ここに筆者が書かれている次の一節には、大変共感を覚えました。
夢や希望、人を思いやる気持ち、信じる心。目には見えなくても確かにある大切なもの。そういったものをサンタクロースと呼ぶなら、現代ほどサンタクロースが必要とされている時代はないのかもしれません。
ともすれば、具体的なモノであるプレゼントをくれる存在としか認知されないサンタクロース、大人になるとお伽話として一笑にふされてしまうサンタクロース。でも、世界中の子供達に夢や希望をクリスマスの一晩で届けてしまうその様子を、子供達が想像して信じることに本当の意義があるように思います。
サンタクロースを信じている子供達も、いつか大きくなったら、サンタクロースは実在しない想像上の人物だと気づくでしょう。でも、その後に、サンタクロースを信じていた頃に心に輝いていた暖かな気持ちに気付いてくれたら、と願います。きっとそれこそがサンタクロースが届けてくれたプレゼントで、それを受けとれた子供達は大人になっても「夢や希望、人を思いやる気持ち、信じる心」を持ち続けられ、他者に思いやりを持って接することができるのではないだろうか、と思うからです。
そして、サンタクロースが目に見える存在ではない想像上の人物だとしても、このような大切なものを与えてくれるサンタクロースが存在しないとは言えないと思います。
上記のサイトで引用されている「アメリカのある児童文学評論誌に掲載された文章の要約」を、孫引きではありますが最後に引用したいと思います。
「子どもたちは、遅かれ早かれサンタクロースが本当は誰かを知る。知ってしまえば、そのこと自体は他愛のないこととして片付けられてしまうだろう。しかし、幼い日にひとたび心にサンタクロースを住まわせた子どもは、その心の中にサンタクロースを収容する空間をつくりあげ、信じるという能力を養う。私たちは、サンタクロースその人だけでなく、サンタクロースが子どもの心に働きかけて生み出すこの能力をこそ大切にしなければいけない」
追記) この社説は、児童書としてその日本語訳が出版されています。1977年に出版され、私が持っている版は2002年発行で既に92刷になっています。興味がありましたら是非読まれることをお勧めします。
(訳:中村妙子)(偕成社)(ISBN: 4034210109)
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